イベント記録

「研究不正問題のこれからを考える−ガイドライン施行10年」(詳細記録あり)

研究不正問題のこれからを考える−ガイドライン施行10年

研究プロジェクト「研究分野の多様性を踏まえた研究公正規範の明確化と共有」(研究代表者:大阪大学・中村征樹)(科学技術振興機構「科学技術イノベーション政策のための科学 研究開発プログラム」第3期採択課題)と共同で、シンポジウム「研究不正問題のこれからを考える―ガイドライン施行10年」を開催いたしました。

概要
「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(2014年8月26日文部科学大臣決定)が施行されてから10年になる現在、ガイドライン策定時には顕在化していなかったあらたな課題が表面化しています。特定不正行為には該当しない二重投稿や不適切なオーサーシップが問題となる事例の増加や、査読をめぐる不適切な行為の発生、ハゲタカジャーナルや研究インテグリティをめぐる問題など、多くの課題が出現しています。文部科学省からの審議依頼を受け、日本学術会議がとりまとめた「回答 論文の査読に関する審議について」(2023年9月25日)では、ガイドラインの「改訂あるいは内容の追加について検討すべき時期に来ている」との指摘も盛り込まれました。また、大学・研究機関における研究不正調査の妥当性を検証する第三者機関の設立を求める意見も少なくありません。他方で、研究不正問題への取り組みにあたっては、研究機関や学協会など、学術コミュニティが担うべき役割がきわめて大きいことも見逃せません。
 研究不正問題をめぐって、今後、どのような形で取り組んでいくことが必要なのでしょうか。本シンポジウムでは、研究不正をめぐる問題にさまざまな立場からかかわってきた演者を迎え、研究不正行為への対応のこれからについて考えます。

ところ:大手町ファーストスクエアカンファレンス
とき:2025年2月11日 13:30~17:00

第一部:講演

・札野順(早稲田大学大学総合研究センター教授)「研究不正をめぐる国際的動向と日本の課題」
・佐々木裕之(九州大学名誉教授、九州大学高等研究院特別主幹教授)「学術論文の査読をめぐる現状と課題―日本学術会議「回答 論文の査読に関する審議について」の審議から」
・中村征樹(大阪大学全学教育推進機構教授)「二重投稿・不適切なオーサーシップをめぐる現状と課題」
・田中智之(京都薬科大学病態薬科学系 薬理学分野 教授)「「誠実な」研究活動を促進する研究環境を考える」

第二部:パネル・ディスカッション「研究不正問題のこれからを考える」

・コメント:菱山豊(順天堂大学特任教授)、大隅典子(東北大学副学長(広報・ダイバーシティ)・附属図書館長・医学系研究科教授)
・質問:小出隆規(早稲田大学理工学術院教授)

パネルディスカッション

田中 パネルディスカッションからは2人の講演者に加わっていただきます。最初に紹介するのが、順天堂大学特任教授の菱山豊さんです。文部科学省ご出身で、ライフサイエンス分野の研究をしていて知らない人はいないという紹介をさせていただきます。日本医療研究開発機構、AMEDの設立に当たってもご尽力いただきました。科学技術・学術政策局長、科学技術・学術政策研究所所長、徳島大学の副学長を歴任されました。今回、私の研究トピックはライフサイエンスでしたが、これまでもライフサイエンス政策に関していろいろとお教えいただいております。菱山さん、お願いします。

菱山 ただ今、紹介いただいた菱山です。本日は数分いただいて、話をします。本日は、研究不正問題のこれからを考えるということです。前半の講演の中で、最近の状況など、さまざまなことをアップデートさせていただきました。私からいくつかコメントをしたいと思います。ガイドライン改訂から10年ということですが、個人的には20年ぐらい研究公正と研究不正の問題に関わっています。経歴を紹介いただきましたが、その前は日本学術会議に出向していました。先ほど中村さんの説明にもあったと思いますが、2000年初めの頃は、日本だけではなくて、世界的に研究不正問題が大問題になっていました。社会的な不信もあり、ガイドラインの前に、日本学術会議から科学者の行動規範が提示されました。行動規範については、先ほど田中さんから、このような科学者のパンフレットでいいのではないかという説明がありましたが、まさに日本学術会議の偉い先生がたも、当時は非常に危惧されていて、行動規範を作りました。当時の副会長は浅島誠先生でした。浅島先生は発生学で非常に高名ですが、APRINの創設に関わり、今も大変志高く活動していらっしゃると聞いています。そういう私の経験を踏まえますと、科学者の不正に取り組むだけではなくて、むしろこういう行動をしたほうがいいのではないかと提案することは、非常に大切だと思います。

STAP細胞についてです。この中にも、いろいろと影響を受けた方、あるいは巻き込まれた方がいると思います。私も関与というか、関係がありました。亡くなられた笹井さんが小保方さんを霞が関に最初に連れてきたのが私のところでした。その意味では、非常に大きく関係していました。とても大きな騒ぎになりましたが、研究不正としては非常に典型的なものだったと思います。それに対して、組織としてどう対応するのかです。これも田中さんの講演の中であったと思いますが、個人からグループや組織という話がありましたが、それはまさにそういうことだったと思います。そもそも騒ぎが大きくなったのは、最初のプレス発表が、科学の発表としてどうだったのかということがあると思います。また、科学報道の在り方です。研究不正とは直接の関わりはないかもしれませんが、不正をどう報道していくのかです。そこも大きな問題があると思います。いろいろと申し上げたいことはありますが、本日はそういう話ではないので、簡単に流したいと思います。

『論文の査読に関する審議について』です。これは文部科学省から日本学術会議が受けて、回答したものです。先ほど佐々木さんから詳しい説明がありました。私が日本学術会議の事務局に勤務した経験がある者として申し上げると、日本学術会議は誠実に答えていますが、ガイドラインの内容について、このように変えてはどうかと、もっと踏み込んで言ってしまっていいと思いました。また、研究不正あるいは研究公正の問題については、日本学術会議が中心となって行政に言うことが必要です。なぜこのようなことを言っているのかというと、次のスライドにつながります。大学、行政、ファンディングエージェンシーであるJST(科学技術振興機構)やAMED(日本医療研究開発機構)などと協力体制をつくっていく必要があると思いました。

第三者機関に関する議論があります。本日のシンポジウムに対しても意見があったと聞いていますが、大学が正面に立っていくのは大変ではないかということです。札野さんからORIOffice of Research Integrityの説明がありました。ORIがあればそれで済むのかというと、実はそうではありません。アメリカでもまだ不正が起きています。あるいは、ORIが裁定するというよりは、彼らの活動を見ていると、研究機関が中心に対応しているところもあります。私の見方としては、学術の問題でもあるので、日本学術会議が真正面から取り組む必要があります。

最後のスライドです。研究公正からresearch integrityということです。研究公正、正しい研究、研究の在り方については、昨今はかなりしつこく言われていて、経済安全保障の問題までが入ってきています。そういうことも含めると、research integrityをより広く考えていく必要があります。先ほど皆さんからさまざまな不正があると話がありましたが、グレーなところもあります。今、申し上げたような国際環境、地政学的な問題も入ってきて、われわれは影響を受けています。人間がすることなので、研究不正をゼロにすることは難しいです。また、いろいろな研究者がいるという調査の話がありました。まさに正しい研究はこういうことだということを示す、先ほどのパンフレットもそうですが、そういうことが重要だと思います。今、申し上げたことについて本[1]を書いていて、その一部としていろいろと書きました。私が申し上げたいことは以上です。ありがとうございます。

田中 菱山さん、ありがとうございます。日本学術会議の件もそうですが、後ほど議論したいと思います。続いて、大隅典子さんです。東北大学副学長、東北大学理学系研究科の教授でもあります。脳科学の本、女性研究者をエンカレッジする本などをたくさん出されていて、私はそういうところでも勉強させていただきました。研究公正とのつながりでいうと、2013年だったと思いますが、日本分子生物学会の理事長を務めていらっしゃいました。2013年というと、その次の年にSTAP細胞の事件がありました。また、現在は定量生命科学研究所ですが、東京大学の分子細胞生物学研究所の不正事件があった年です。日本国内の関連する学会は沈黙状態だったと思いますが、その中で日本分子生物学会だけは理事長声明を出されて、非常にアクティブに働き掛けを行っていたことが、強く印象に残っています。そういうこともあり、いつもこのような催しで、大隅さんのお力をいただいております。お願いします。

大隅 田中さん、ありがとうございました。東北大学の大隅です。既にご紹介いただきましたが、2014年の研究不正問題について注視する立場にありました。その後の数年で、何となく自分の役割は終わると思っていましたが、2018年に附属図書館長を仰せつかりました。先ほどのオープンアクセスの話にもありましたが、ライフサイエンスの推進等も関連して、現役の研究者として取り組んでいます。言うまでもありませんが、研究不正は古くからあり、例えばメンデルの法則の論文に対しても指摘があります。1990年代以降は、デジタルとインターネットが組み合わさる形となり、レベルが違ってきました。

図書館と関連することで、オープンサイエンスを意識した論文のオープンアクセスの問題がありますが、誰でも読めるようにする活動にも関わっています。最後のページのtake-home messagesに記していますが、どれだけ小さなデータでも、不正がないようにしなければいけません。皆がそのように思って取り組んでほしいと思います。オープンアクセスについていろいろ発信しているわけですが、日本の研究力の低下を何とかしたいという別の軸からの欲求もあります。研究の営みの説明として、7ページに、さまざまなところでご一緒している、京都大学の引原理事が使われている図を示します。2022年のものから使わせていただいています。このように、研究の営みは非常に複雑になってきています。場合によってはチームを組んで取り組まなければいけません。特に生命科学でインパクトのある研究を世に出そうと思ったときには協働することがますます必要になっています。

赤字で囲ったところは、オープンアクセス等の問題で取り上げられているトピックです。ちょうどそれに直行する軸が「research integrity」の問題です。例えばハゲタカジャーナルの問題も含まれます。あるいは、本日の話題となっているように、ミスコンダクトを防ぐというよりも、もっと広い意味で健全な研究活動を行うことが重要だと思います。ここで一度、定義を見ておきたいと思います。英語で「research integrity」というと、integralなので完全性ということで、研究が健全な状態であるべきという意味です。現在、日本語では研究インテグリティという言葉が独り歩きしてしまっています。日本では研究、セキュリティー系で使われることが多いようですが、その違いには注意いただきたいです。

先ほどから何度も言われていますが、単にリサーチミスコンダクトを防止するだけではなくて、研究者にレスポンシビリティを求める時代だと思っています。どなたかの発表にもありましたが、デジタル化によってフェイクを生み出しやすい、コピー・アンド・ペーストが簡単にできるようになりました。一方でインターネットの時代なので、ウェブ上に不正なものが載っていても見つかりやすいです。また、見つかったものが拡散しやすい時代でもあります。iThenticateというフェイクを発見するツールもありますが、いたちごっこの状態だと思います。

この図は古い時代の論文に使われたフェイク画像です。どうしてわざわざ持ってきたのかですが、AI時代なのでもっと優れたフェイクがあるかもしれません。例えば、生命情報科学系の解析でvolcano plotといって、遺伝子の一つ一つが点になっている図がありますが、過日、見つけたフェイクでは、少し拡大してよく見てコントラストを変えると、目立つところの遺伝子の値が、丸が入っている四角い画像として貼り付けられていました。つまり、最近ですら丁寧にそういうフェイクをしているものもあるので、いまだにそういう状態だと思います。次の図は、労働災害などで言われるハインリッヒの法則です。例えば病院もそうですが、何か一つ事故が見つかった裏には、ヒヤリハットが何百もあるかもしれません。

この書籍『責任ある研究のための発表倫理を考える』[2]に私も執筆していますが、編集に関わったのが東北大学の名誉教授になられた高田先生です。動機や機会があって、自分の中に正当化する気持ちがあって、それがぐるぐると回ってしまうと、研究不正が生じやすくなります。一番は動機が生じないようにすることです。それから、機会をできるだけつぶせるように考えなければいけません。前に岐阜大学学長を務めた黒木登志夫先生がこちらの中公新書の中でいろいろと書かれていますが、論文撤回を何度も繰り返す研究者がいます。これを考えると、最初の不正を防ぐことがいちばん大事なことだと思います。私自身も2014年の大変な時期を経験してそういう思いを強く持っています。

このスライドはライフ系の研究不正が多いという傾向をふまえて、その理由をまとめています。人文社会系でも盗用などがありますが、近年、生命科学系では論文ひとつ当たりのデータが多くなってきていて、共同研究で進める形になってきました。そうすると、自分がよく知らない技術と出会うことになりますが、共同研究で取り組んでくれている方たちのデータを、どれだけしっかりと見ることができるのかという問題があります。それだけではなくて、非常にプラクティカルな問題として、紙媒体に印刷したときの図が小さくなっていっているので、間違いを見つけにくいという問題もあります。オーサーシップの問題についても、話があったと思います。佐々木さんからは、査読プロセスの問題が挙げられていました。不正へのモチベーションを小さくするために、どのように研究評価を行っていくのかです。特に医学、生命科学系に多い海外ブランド大好き思考を、何とかしなければいけません。

DORA[3]の宣言は2013年で10年以上も前に発出されています。一昨年に東京大学がDORAに署名しましたが、2022年にはLeiden Principles[4]という別のものに、日本では研究大学である11大学が署名しています。ここでは、倫理的・法的・社会的課題だけという考え方ではなくて、Responsible Research and Innovation (RRI)の方向に転換していくことも書かれています。最後のスライドです。研究者一人一人の貢献として、小さくてもいいけれど、知のインフラへの貢献という意味では、正しくなければいけません。そこに誠実さがなければいけません。これは何度も言われていますが、雑誌のインパクトが論文の価値ではないということです。分野外からの評価だと甘くなりやすいところは、どうするのかという問題もあろうかと思います。

田中 大隅さん、ありがとうございます。研究不正が起こる背景の話は、研究者が語ることで一番真に迫るところがありますが、貴重な話をいただいたと思います。ただ今より、パネルディスカッションに移ります。菱山さん、大隅さんに加えて、講演者の3人と私で進めていきます。私からいくつかテーマ設定をいたします。一つ目の話題は、既に講演の中でも出ていますが、研究環境の変化についてです。10年前にガイドラインが改訂された頃と今を比べると、非常にいろいろな要素が変わっています。現行のガイドラインに限界があるのは確かだと思うので、その点についてそれぞれ意見を伺います。最初の札野さんの講演で、ガイドラインにこういう要素を反映させていけばいいのではないかという話を伺いました。繰り返しで恐縮ですが、まずはその辺りから説いていただきたいです。お願いします。

札野 私の講演の中でも話しましたが、アメリカあるいはEUにおいても、研究環境そのものを良くしていく活動を推進していくことが言われています。具体的にこういうことをすればいいということも、リコメンデーションの形で出てきています。繰り返しになりますが、先ほど紹介したEU、ヨーロッパの場合は、リーダーシップの在り方をどうするのかです。あるいは、責任ある業績管理という言い方をしています。先ほど大隅さんから話があったような、研究者評価の在り方を変えていくことが言われています。さらにEUの場合は、The European Code of Conduct for Research Integrity[5]があります。この中でも、研究環境の問題について言及しています。先ほど紹介した、アメリカのナショナルダイアログの中で出てきたリコメンデーションに関しても、研究環境を変えていく、より良くしていくために、こういうことをするべきということが言われています。

それらを日本のガイドラインで考えた場合です。私はもう一回、ガイドラインを改訂するべきだと思っています。改訂するのであれば、海外の取り組みも参考にしながら、ガイドラインの中で明確に、これは良い研究をするため、良い研究環境をつくるためのガイドラインであるという姿勢を示していったほうがいいと、私は思っています。

田中 ありがとうございます。現在は「不正行為に対する」というガイドラインの名前になっているわけですが、今の先生の話だと、より広い範囲で捉えていくことになると思いました。今の話を受けて、大学、研究機関はどのように進めていけばいいのかです。ここでは研究機関の運営に携わっている方がたくさんいます。まずは、佐々木さんから伺ってもよろしいでしょうか。

佐々木 私は大学を退職しているので、現在直接携わっているわけではありませんが、実際に何かが起きると、対応するのは研究機関ですね。ここにも関わった方がたくさんおられると思いますが、そこにかなりの負担を感じている状況だと思います。私は本日、論文の査読について的を絞った話をしました。札野さんが言われたとおりで、今のガイドラインでは、カバーできていないことがたくさんあります。話の中でも出てきたように、ポジティブにどういう研究者像でなければいけないのか、研究環境を良くするにはどうすればいいのかなど、そういう問題がとても大事だと思います。私の話や他の先生がたの話でも出てきましたが、既に一つの国で何かに対応できるものではなくて、世界中が相手という状況です。そこで共通に皆でできることを、しっかりと行っていかなければいけないと思います。個々の対応については、研究者が対応すべきこともあり、研究機関が対応することもあります。学術雑誌が対応することもあります。それぞれの役割があると思うので、皆で考えていかなければいけません。そういう時期になってきたと思います。

先ほど菱山さんから、(文科省への回答に)もう少し踏み込んだことを書いてもよかったのではないかという話がありましたが、確かに私もそのように思っていました。ただし、審議依頼に対する回答という形なので、どこまで書いていいのかという問題もありました。激動の時代なので、ガイドラインを改訂しても、それが何年持つのかという問題もある気がしているので、世の中に合わせて対応していくしかないと思っています。先ほどもいろいろと話がありましたが、その中でそもそも論文の査読は必要なのかという話もあります。また、それを基に評価や学位を出すことがいいのかも確かにあると思います。そこは皆で考えていかなければいけない問題だと思います。そこでわれわれが問題提起や発言をする、あるいはディスカッションの場をつくることはとても大事だと思います。

田中 ありがとうございます。この話題を出して適当かどうか不安ですが、東北大学はフリーハンドというか、(国際卓越研究大学の)大きな予算が当たって、さまざまな取り組みが可能な状況だと思います。札野さんの話を受けて、あれもこれもできるということでは、将来像を語りやすい状況ではないかと思います。大隅さん、お願いしてもいいですか。

大隅 分かりました。私は現時点で東北大学を代表して語る立場ではないので、それをあらかじめ申し上げた上で、どういう方向を目指しているのかについて少し話をします。10兆円ファンドと呼ばれる仕組みが新たにつくられました。東北大学に10兆円が来るのではなくてそのごく一部なのですが、大学はそれを運用しつつ運営していくという新しい仕組みになりました。東北大学では、例えば何か大きな装置を買う、研究所をつくるということではなくて、人に投資することを第一に考えています。研究者が研究時間を確保できることが、研究環境の健全化における最も大事な一丁目ということです。例えば既にユニバーシティ・リサーチ・アソシエイト(URA)があります。研究の経験を持っているけれど、研究者そのものではない形で働くかたがたがいます。そういうかたがたを50人規模で募集を掛けるといったことをしています。あるいは、コアファシリティの研究支援者です。そういうかたがたも、もっと採用しようということで、研究環境の改善に一番軸足を置いています。

さらに言うと、そういうかたがたや研究者を含めて、Human Capital Management (HCM)室として若い方のキャリアアップ支援も考えるようになっています。例えばPIを目指す人たちは、一体どういうことを知っておかなければいけないのかについてです。学位を持った上での話ではあるかもしれませんが、教員免許のようなものが大学の教員にはないということがあります。ラボ、研究室の主宰者になることはどういうことなのか、どのように健全に研究室を運営していけばいいのか、その辺りもしっかりとトレーニングできる機会を設けていこうということは、既に話し合われています。

田中 ありがとうございます。最初に札野さんのウエルビーイングの話を最初に伺いましたが、まさにそれができると、環境が良くなることで不正も抑制できるかもしれないと期待します。そういう意味で、非常に注目していきたいです。研究者から、こういうものが研究者のウエルビーイング、あるいは研究環境はこういうものがいいということは、どんどんアピールできると思います。一方で、行政側にこれを受け止めていただくには、どういう形で届ければいいのかです。菱山さん、その辺りはいかがでしょうか。

菱山 研究環境という意味ですか。

田中 例えば研究者側は、どのように行政にアプローチすればよいでしょう。

菱山 今、いろいろと問題になっていることについてです。大隅さんが東北大学の話をされたように、若手がPIになるための道筋をどうするのか、そういう問題はとても大事です。その根底にあるのは、若手の研究者の雇用問題です。任期の問題があると思います。流動性と雇用の任期を連動させている発想ですが、それはおかしいのではないかということは、言っていく必要があると思います。特に国立大学の場合は、承継定員という言葉があります。知らない方もいるかもしれませんが、国立大学の皆は知っています。そういうジャーゴンです。なぜか国立大学が法人になる前のことが、ずっと引き継がれています。例えば国際卓越研究大学になったときです。あるいは、J-PEAKSと言われるものですが、採択された所が結構あると思います。そうした大学では、そういうしがらみをなくしていくことが大事です。ただし、若手から見た図と経営者から見た図はかなり違います。経営者から見ると、ずっと雇用するのはリスクという話があります。では、何が最も良いのかをよく考えることです。きょうもありましたが、良い研究をするためにはどうするのかです。そこから考えていく必要があると思います。

田中 ありがとうございます。研究環境とリンクして、人事というか、研究者のキャリアの問題も出てきています。中村さん、その辺りについて、何か追加はありますか。研究者からの意見として、いかがでしょう。

中村 評価の問題や研究環境を育んでいくことについて、本当にそのとおりだと思います。一方で、具体的にどういう取り組みができるのかです。特に研究室レベルでは健全な研究環境をつくっていくことがとても重要だと思いますが、そこに介入することはなかなか難しいです。研究公正の教育でも、取りあえずはeラーニングでとどまっているという現状があると思います。先ほどヨーロッパやアメリカの取り組みの話がありましたが、現場レベルでどこまで実効性を持った形で取り組みができているのかについてです。札野さんにお伺いしたいです。いかがですか。

札野 正直に言うと、現場レベルでどこまでなのかはよく分かりません。ただし、グッドプラクティスとして、こういうことが行われているという報告は、先ほど紹介したSOPs4RI[6](Standard Operating Procedures for Research Integrity)に入っています。例えばケンブリッジ大学では、こういう取り組みが行われているということが書かれているので、参考にしてもらうといいと思います。中村さんも言われていたように、重要なのは、いろいろなアクター、エンティティの人たちが議論していく必要があると思います。例えば先ほど紹介した、アメリカのPHSPublic Health Service[7]のポリシーの場合は、一昨年ぐらいに、こういう形でルールを変えますという提案書が出ています。それに対して、大学関係者、アクレディテーション、学協会などのさまざまな人たちが、パブリックコメントの形でここは言い過ぎ、ここはこうするべきという意見で戦わせた上で、新しいルールが出来上がっています。先ほどのThe European Code of Conduct for Research Integrityの場合も、2017年に改訂して、2023年に次の改訂が行われています。50ぐらいの学協会の人たちが関わって取り組んでいます。しかも、理工系だけではなくて、人文社会科学の人たちの学会もそこに関わっています。そういうダイアログの場があることが大事だと思います。そういうことをこの後でも議論できるといいです。

田中 ありがとうございます。ご紹介いただいたような取り組みは、日本では実現できていません。札野さんにご提案いただいたように、何かをまとめて提言して、現場からフィードバックをもらうことが大切ですね。先ほど菱山さんの話にもありましたが、担い手としては日本学術会議がありますが、今は違うことで忙しい状況です。その辺りについて、どなたかコメントございますでしょうか。

札野 菱山さんと初めてお目にかかったのは、2006年に日本学術会議が科学者の行動規範を作ったときです。私は策定の原文を作るほうの委員で、菱山さんが事務局で全てをまとめてくれました。あのときも原案を作って、日本のいろいろな学協会に配って、こういう形でいきたいですがどうですかという問いかけに対する回答をもらいました。かつ、菱山さんが覚えているかどうか分かりませんが、行動規範だけではありませんでした。当時は、研究倫理プログラムと呼んでいましたが、それぞれの組織が自分たちの目的に合わせて、研究公正を推進していくための仕組みをつくってもらうようお願いをしましたが、2013年の改定のときには、その部分が落ちてしまって、なくなってしまいました。科学者の行動規範も今後、私はさらに改定すべきだと思います。そこで先ほど話したような議論が、多様なステークホルダーを含めてできるといいです。

菱山 札野さん、ありがとうございます。20年ぐらい前の話です。日本学術会議は今、いろいろと課題があって揺れているかもしれませんが、信頼を得ることです。研究自体は税金で行われているので、国民の信頼を得る活動が大事だと思います。当時、2006年のときはどうしたのかというと、2000カ所ぐらいに郵送で送って意見をもらいました。今のようにインターネットで送るのではなくて、郵送という原始的なことをしていました。今だともっと効率的にできるので、さまざまな方の意見を受けることができると思います。そういうことを次々と進めていくことによって、いろいろと言われている日本学術会議が、皆さんから信頼を得ていくことが第一歩になると思います。

佐々木 今、話に出た科学者の行動規範についてです。あれはとても素晴らしいと思います。私も大学の研究担当の副学長になったときに、まずは科学者の行動規範を読ませてもらいました。とても素晴らしい内容だと思いますが、いろいろとアップデートしていく必要があるというのは、そのとおりだと思います。話に出ているように、今の日本学術会議はいろいろなことに対応しなければいけないので、なかなかそこまでいっていません。ただし、大きな問題として、日本の研究力低下の問題があります。それは研究公正の問題とも深く関わっていて、その根源は研究環境にあるのだと思います。その問題については、日本学術会議もできるだけ時間を割いて取り組もうとしていることは、皆さんに認識してもらいたいです。

日本人は真面目だと思います。本日もいろいろな話が出てきましたが、本当に悪意を持ったハゲタカジャーナルや論文捏造は、日本国内ではほぼありません。いずれも海外の問題です。それなのに、なぜ日本が研究不正大国と言われなければいけないのかというと、研究環境の問題だと思います。ニュースを見ても、例えば任期を更新するため、次のポストを得るために(不正を)してしまうといった話がよく聞かれます。日本人は真面目だがプレッシャーに弱いところがあるのかもしれない。微妙なところで、そういうこと(不正)をやってしまうというか、もちろんいけないことなので防がなければいけませんが、まずは研究環境全体の問題をしっかりと考えた上で、対応していく必要があると考えています。

田中 研究力低下と研究公正のリンクの問題は、非常に大事なことだと思っています。私も先ほどショートカット研究者と言いましたが、手を抜くことが研究力低下とリンクしていると考えています。今までの話をまとめると、行動規範の話と不正のガイドラインの話を、もっと大きな枠組みで何かを決めていく、そういうアイデアが一つ出ています。そのときにそれを働き掛けていくことについてです。例えば20年前のように、行政の方と手を取り合って、そういうものを大きくしていくときに、どの辺りが主体になるのか、どのようにそれを動かしていくのかです。これは最後のほうに話そうと思っていましたが、その流れが出てきました。そこはどうでしょうか。APRIN、公正研究推進協会になりますか。中村さん、コメントいただけますでしょうか。

中村 研究公正に特化すると、APRINや日本学術会議が担うべき役割は大きいと思っています。あとは、今回の参加者は企業の研究に関わっている方にも参加してもらっていると思います。これまでの議論で、企業での研究における研究公正についてです。特に文部科学省のガイドラインでは、国から研究費をもらっている機関がメインだったので、企業については十分に議論されてきていなかったと思います。そこも含めて、どういう課題があって、どのように取り組んでいけばいいのかです。もちろん共通するところもあると思います。違うところもあると思います。そこを考えることも重要だと思います。

田中 検査の不正など、企業においてもさまざまな不正の問題が出ています。そこは大学での教育なども関連していると思います。その意味で、ステークホルダーが協力することは大事かもしれません。

中村 フロアの方からも、何かご意見があれば伺いたいです。

小出 企業の話が出ましたが、個人的に知っていることも含めて、企業の不正はたくさんあります。あるいは、ここの企業は駄目というブラックリストもあるぐらいです。そういうところは誰がどう対応しているのかです。文部科学省は違うと思います。APRINは企業を相手にしていません。企業を含めて、今、全体の研究公正をできる場所はありますか。ない気がしますが、どうですか。

田中 私はAPRINが最も近いと思いましたが、その辺りはどうですか。

中村 現状として、企業に対応していないと思います。ただし、提供している教材は、ある程度はそのまま使えると思いますが、現状はもう少し違うところも必要になってくると思います。

佐々木 議論する場としては、内閣府のCSTI(総合科学技術・イノベーション会議)などがあります。そういうところでは、特に大学や研究機関に限らず、当然、民間の研究開発も議論や施策の対象に入っていると思います。ただし、それが経済産業省などにどの程度迅速に共有され、施策に反映されているのかは、把握しておりません。

菱山 企業一般では、難しいと思います。企業が基礎研究を行っている場合です。APRINの話、あるいは日本学術会議にも企業の会員もいるのでカバーしていると思います。むしろ、企業での問題については、先ほど話があった検査の問題や業法で規制、カバーされています。薬であれば、薬機法でしっかりと規制されています。そこで不正がある場合ですが、例えば薬のジェネリックの製法がおかしいなどで止められます。あとは、企業の方と話をすると、大学と違って全てのデータはしっかりと持っているから大丈夫、私たちに不正の話は関係ないという話になると思います。でも、実は先ほど小出さんが言われたように、企業にもいろいろとあるということで、時々、大きな企業でも検査の偽装などがあります。それをどうするのかは、企業のコンプライアンスをどうするのかの問題で、アカデミアとは違う文脈になると思います。

札野 佐々木さんが言われたように、内閣府が大きな役割を果たすと思います。ご承知のように、今は科学技術・イノベーション基本法になって、科学技術をどう推進するのかということで、5年ごとに基本計画を出さなければいけなくなっています。今は第6期ですか。

中村 今は第6期で、次が第7期です。

札野 第4期ぐらいから、基本計画の中に研究公正に関する言及が入っています。それをもっと広く皆さんに認知してもらって、具体的にどうするのかです。25兆円ですか。5年間で国のお金を使っていく中で、どのように研究あるいは開発を進めていくのかを、企業のかたがたも含めて、考えていただく必要があります。そのための方針と考えていけばいいと思います。

田中 分かりました。ありがとうございます。取り扱いの範囲としては、非常に広くなるということですね。しかし、原則などを考える上では、そういう大きな射程で取り組まなければいけません。一つずつ個別に取り組んでいっても、なかなかうまくいかないという話だと思いました。一つ目の話題は、研究環境の変化とガイドラインというテーマでした。フロアの方から、ここが抜けているという論点があれば挙げてください。例えば共同研究の話です。大隅さんからも少し話が出ましたが、これもガイドラインの中では非常に困った問題です。続々と巨大な研究が出ていますが、そこで問題が起きたとき、あるいはどのようにマネジメントをすればいいのかについては手探りの状況かもしれません。大隅さん、追加していただけますでしょうか。

大隅 ありがとうございます。例えば実験物理などの分野では、オーサーが100人も並ぶような論点を出す文化が長く続いていると思います。そういうところは、チームでどのようにしているのか、長い歴史の中で培われてきた何かがあると思います。かたや、スモールサイエンスで始まっている生物学というか生命科学などに関しては、大きなチームになってきた環境で、もう一度、どう考えるべきなのかを、皆で学び直す必要があると思います。

あとは、もう一つ問題があります。極論を言うと、私は生命科学の論文捏造問題は、ロボットが全ての実験を行ってくれる時代になれば少しは減ると、実は期待しています。かつて物理が実験物理と理論物理に分かれていた状況がありましたが、生命科学分野において、今後、10年かかるのか、もっと短いかもしれませんが、私はそういう状況を見ることができることを期待しています。膨大なデータから最適化された仮説を考えることは、ものすごく大変なことです。今はそれで少しつまみ食いをして、こうなっていると思います。例えばPI、研究室の主宰者が、学生にこういうテーマで取り組んでみなさいと言うときに、そのとおりに出ないと自分が叱責されるかもしれないという気持ちになるかもしれません。しかし、そもそも仮説が間違っている場合もたくさんあります。仮説通りであれば、普通の成果です。それと違うことが見つかるほうが、もしかすると面白いかもしれません。私は今、学生にはそのように言っています。もっとAIやロボットが進んだ時代になると、どのようにテクノロジーをうまく使うのかで、今、話しているレベルの研究不正に関しても多少は解決できると思います。

ただし、それでも研究環境の問題があります。人事や競争的環境を生き抜くというところで、研究不正をしたいモチベーションが残ってしまうと、防げないところはあると思います。

田中 ありがとうございます。本当に研究領域も広がってきて、かつ、それらのミックスにもいろいろなパターンが出てきています。今、言われたように、他の分野に学ぶ話もあります。その意味では、情報共有する場はまだ少ないと実感しました。分野の違いという点で、中村さんからコメントをお願いします。

中村 二重投稿やオーサーシップについて、分野によって違います。それぞれの分野でどういうものがあるのかについて、今はリーフレットでまとめようとしています。あちらのポスターに、取り組んでいる途中のものがあります。まだたたき台のところで皆に配るほどではないと思っていましたが、15部ぐらいコピーがあるので、声を掛けてください。意見等をいただけるとありがたいです。

田中 ありがとうございます。二つ目の話題は、研究不正の取り扱いです。よりガイドラインに近づいた話ですが、これについて議論していただきます。そもそも今の仕組みは、研究不正が起きた研究機関が調査することになっています。そうすると、研究機関はひどい不正が起きたことを知られたくないモチベーションがあるので、利益相反が生じる状況です。今回も、上位機関や第三者機関の話が出ましたが、どこかで調停するような仕組みがなければいけないという話もあると思います。また、懲戒処分や不正に対する対応は割とばらばらです。研究機関によって、とても厳しいときもあれば、これでいいのかというときもあり、その辺りが均てん化されていないという問題もあります。

内部告発について、今は社会的に公益通報が大きな問題になっていますが、今後はこの問題の取り扱いも非常に重要です。先ほど申し上げたように、不正はより巧妙になっていく可能性が高いと思うので、その辺りも気になります。こういう話題で進めたいと思いますが、どこからいけばいいですか。何か問題意識を持っている方はいらっしゃいますか。

札野 田中さんが言われた、さまざまな問題を解決していくための一つの方法は、まずはガイドラインの改訂だと思います。私の理解が正しければ、告発があって、調査主体というか大学が研究不正ではないと裁定した場合に、内容が公表されません。どういう調査が行われて、なぜ不正がなかったと裁定をしたのかです。内部の人は分かっていますが、他の人は分かりません。これも皆で共有するべきだと思います。相場感という言い方は変かもしれませんが、どういうことがあると不正と裁定されて、そうではないときはこういうときということです。懲罰、懲戒処分に関しても、このような不正だとこれくらいの懲戒処分というように、データベースがなければいけないと思います。今のガイドラインだとそれができないので、その点も変えていくべきだと思います。

田中 ありがとうございます。行政はたくさんのケースを持っているはずですが、そういうものを生かせていないと感じます。本当に相場感ができていないところです

中村 まさにそのとおりだと思います。一方で、疑義を受けた人の権利を守ることについてです。特に実際は不正と認定されなかったけれど、疑義を受けるだけで評判、評価に影響を与えることもあると思います。そのため、調査結果をどこまで、どのように公表するのかです。文部科学省のウェブサイトでは、5年たつとどこの研究機関なのかも消えています。それは研究機関として、ずっと出ていることが不名誉という思いも関係しているはずです。その辺りの均てん化を図るためには、情報を共有して、それぞれがしっかりと報告書を公開するべきですが、公開している所もあれば、そうではない所もあります。対応が違うところを、具体的にどうすればいいのかです。重要である一方で、制度を作るときには難しいところだと思っています。

札野 言われたとおりだと思います。ただし、文部科学省なのか日本学術会議が対応するのか分かりませんが、匿名化をうまくできる形にして、こういう事例があると分かるデータベースは作っていくべきだと思います。例えばRetraction Watchがあのようなデータベースを作ってくれているおかげで、われわれは多くを学ぶことができます。研究不正に関しても、同じように情報を集める場所を、どこかが用意するべきという気がします。

田中 その辺りをガイドラインに盛り込むことは可能ですか。仕組みづくりのような話です。

札野 私は可能だと思います。少なくとも方向性に関しては、書けると思います。

菱山 今、中村さんが指摘したことは、とても大事です。研究自体について、このガイドラインは性善説を採っているはずです。しかも、告発が本当に黒の場合もあれば、全くそうではない理由で告発される場合もあるので、告発されたこと自体をオープンにするのは難しいです。かつ、事例が何百例もあれば匿名化で分からなくなるかもしれませんが、何大学の件だと分かってしまうと、研究者の名前が分からなくても実際には同定されてしまうので、そこは難しいと思っています。別に私はガイドラインを作っているわけではありませんが、その辺りをうまくできるのかどうかは、絶対にできないとは思いませんが、ものすごい工夫が必要だと思います。例えば何百例か集まれば匿名化をしてうまくするなど、そういうことはあるかもしれません。

田中 ありがとうございます。講演でも話題になりましたが、裁判の問題も非常にネックになっています。調査結果をどう公開するかです。公開の仕方によっては、名誉毀損という感じで取られてしまうことが多いです。その辺りをリスクと考えると、どうしても及び腰で対応せざるを得ません。ここは何か糸口がありますか。

中村 文部科学省の公正な研究活動の推進に関する有識者会議[8]では、どの人たちに何年の競争的資金の申請制限を課すのかについて、そこで最終的に報告を受けて判断することになっています。その中では、報告書や事案の報告を踏まえて、何年が妥当なのかを判断します。機関から上がってきたものに対して、必ずしもそのとおりではない判断をされていると思います。唯一、そこぐらいだと思います。全くないわけではありません。

佐々木 確かに個人情報や風評被害など、いろいろと問題があって難しいと思います。ある程度の数が集まって、匿名化に近い効果があるのであれば、可能かどうかは分かりませんが、日本国内だけではなくて海外の事例も集めて、類型化のような感じで公表をすることです。それぞれの場合に研究機関がどう対応をしたのかなど、そういう事例はある程度集めてもいい気がします。どの時点でどう公開するのかは工夫が必要だと思います。私も大学でいろいろと対応しましたが、手探りの状態で対応するのは非常に大変です。その意味では、なんらかの情報を集めて、皆に提示できるといいと思います。海外の例が日本で参考になるのかは分かりませんが、そういうことも含めて考えるといいかもしれません。

田中 ありがとうございます。海外の例だと、Leonid Schneider[9]という方が運営しているブログがありますが、かなりエピソードを掘り下げています。この方は疑義のある研究者に対して非常に辛辣なことを書くので、なかなか広く取り上げられてはいません。こうしたことを個人が行うのは、とても負担が大きいです。日本でも白楽ロックビルさん*10がそういう形で活動されていますが、かなりプレッシャーが強いことは伺っています。それを行政で行う形になると、一つクッションができていいと思いました。第三者機関の話は10年以上、話題に上がっています。しかし、なかなか実現しないというか、難しいことが多いです。乗り越えるべきハードルについてです。例えば研究者側からすると、そういうものがあるとうれしいですが、なかなか実現しないとなると、これからはどの辺りを解消していくべきですか。

菱山 第三者機関がよく分かりません。例えば今、話題になっているフジテレビですが、あれも第三者委員会です。そういうものはあると思います。研究者は大学側だと思いますが、それをどういう制度設計にするのかがよく分かりません。大学や研究機関の外に置くのであれば、調査権限など、踏み込む権限を持たせなければいけません。それから、何かの処分をしたときです。裁判を受ける権利が憲法で保証されていますが、裁定されて、処分された機関や研究所で何かがあったとしても、最終的に裁判を受ける権利は保証されているはずなので、裁判がなくなることはありません。第三者機関があるといいですが、その後に大学に対して踏み込む権限も与えなければいけないので、それはいいのかなど、いろいろとハードルがあると思います。何をしたいのかについてです。その意味では、私は10年どころか、日本学術会議のときもそういう話があったので20年ぐらいですが、どうなのかと思います。

田中 さまざまな提案が出ています。調査権限を持つことは、最も強い組織のパターンだと思います。そうではなくて、調査機関が上げた報告書を評価するという、もう少しマイルドなパターンもあります。その辺りはまだ整理できていないかもしれません。

菱山 先ほど私のプレゼンテーションの中で少し話しましたが、日本学術会議でどうするのかについては、日本学術会議のコミュニティーの話なので、このようにすればいいのではないかということを提案できるといいです。理系、医学や生物学の先生だけではなくて、法律の方もいれば政治学や行政学の方もいます。専門的にしっかりとこういうものであればできるということを出していくことが大事だと思います。日本学術会議自体がそれをできるのかというと、権限をどうするのかの問題が起きると思います。権限というのは強制権限、踏み込む権限ですが、そういうことをどうするのかの問題が起きます。そこも含めて、しっかりと検討することはできると思います。

中村 第三者機関というわけではありませんが、ある程度の大きさの研究機関だと、一定の事案が定期的に起きるので、その中で前回はどうだったのかという知見が蓄積されてくると思いますが、大学によってはそういう経験がないところもあります。事案はあるけれど、ノウハウが全くないとなると、手探りで対応せざるを得ないところは少なくないと思います。そういう状況で調査委員になったときに、本当に分からないわけです。情報も非常に少ないです。少なくとも地域のコンソーシアムか何かで、調査を実施できることです。マンパワーが少ないこともあるので、そこで協力していくこともあり得ます。

菱山 それを研究不正だけで考えると難しいですが、別に小さな大学はそれだけではありません。大阪大学、東北大学、東京大学のように、マンパワーなどをフル装備にする必要はありません。その意味では、大学間で持ち合うことが大事だと思います。ただし、同じ地域の大学がくっつけるのかというと、実はそれほど仲が良くない場合もあります。強制的に近くにいるので一緒に取り組みなさいというのは、難しいと思います。相互補完的に合う大学がうまくやることです。それ以外に知的財産、産学連携などを含めて、アライアンスを組むことはあると思います。

札野 あとは、今、APRINが取り組んでいますが、研究公正に関する専門家を育成するためのシステムを作っていこうとしています。資格を持った人を認定して、そういう人たちのキャリアパスも含めて、研究公正の専門家と言われる人たちを育てていこうという動きがあります。もちろん研究公正だけに特化するわけではなくて、大学のマネジメントにおけるさまざまな問題に関して、専門的に取り組める人たちのプールができれば、その人たちで連携していって、中村さんが言われたようなことができると思います。

田中 ありがとうございます。冒頭に挙げてもらいましたが、人材が不足しています。この問題に対応できる人は、まだ少ないことは大きな問題です。また、それをスタートするときの手がかりもまだ少ないです。この辺りを充実させていかなければ難しいと思いました。

中村 不正調査の話は、会場からいろいろと意見がありそうです。何かあれば伺いたいです。

田中 見えていないことが非常に多いです。告発した人が白と言われても、本当なのかということでもめることが非常に多くあります。不正調査についてはいかがでしょうか。何か論点や話があれば聞きたいです。お願いします。

フロアから 素朴な疑問ですが、訴えられたときに黒か白が出ます。黒の認定率は大学間で差が大きいですか。そこの差が大きいと、何か問題が起きているのではないのかと思います。情報があればお願いします。

田中 その情報は公開されていないと思います。もちろん大学は情報を持っていると思います。あとは、文部科学省も分かるはずです。その辺りはどうですか。

菱山 私は担当してなかったので分かりませんが、少なくとも全ての事案がファンディングエージェンシーや文部科学省に来るわけではありません。要するに、全ての訴えたことが来るわけではないと思います。今の質問に対しては、分からないという回答です。

中村 補足です。本調査に入った場合に、文部科学省、資金配分機関に調査を行う旨を報告することについて、ガイドラインでは書かれていないと思います。

田中 時間が近づいてきましたが、最後です。非常に大事なアイデアや問題がいくつか出てきたと思いますが、どこが何をすればいいのかの話です。行政のレベルもあれば、大学をはじめとする研究機関のレベルもあります。研究室の中で解決できることもあるかもしれません。それについて議論したいと思います。

中村 日本学術会議が担うべき役割が大きいということです。11月にJSTでのシンポジウムが開催されたときも、札野さんがたくさん言われたところですが、実際にどういうことが起きるのかについてです。もちろんするべきことはたくさんあると思いますが、考えているところです。

田中 受け皿ですね。こういうことに取り組もうとしたときに、私も手伝いますという人はいると思います。確かに人材は少ないかもしれませんが、これから取り組みますと言ったときは、参加したい人はいると思います。

札野 受け皿の問題ですが、今の日本の中では難しいと思います。先ほどどなたかが言っていましたが、皆さん本当に忙しいので、研究公正の問題に取り組むだけの時間があるのかどうかです。特に若手や中堅の人たちは、自分の専門分野の仕事にずっと追われていて、主体的に研究公正の問題に取り組んでいくのは難しい気はします。本日もこのようにシンポジウムを開いてもらっていますが、研究公正が重要な問題であることを、トップの人たちから声をあげてもらう。例えば大学の連合体か何かで、学長の声明が出たことがあったと思います。そういう形で、組織のトップからの声掛け、号令も大事だと思います。一方、ボトムアップの形についてですが、研究者たちからの声を集めていく必要があります。それを誰が進めるのかはなかなか難しいですが、やはり日本学術会議だと思います。さまざまな学協会、あるいは80万人の研究者を代表する組織だと言っているわけなので、私は日本学術会議が旗振り役を務めるべきという気がします。

田中 他にここもあるという話があれば、挙げていただきたいです。

菱山 多様な関係者の努力もあって、この20年間ぐらい、文部科学省などそれぞれでガイドラインができて、担当の部署もあります。かつ、ファンディングエージェンシーにも担当部署ができています。大学にもそういう窓口ができているので、ある程度のリソースはできてきていると思います。その中で、どうまとめていくのか、あるいはAIなどの新しいことに、どのように対応していくのかを考えていかなければいけません。そこは既にそういう関係部署があります。今、札野さんが言われたように、日本学術会議がしっかりとしていれば、そういうところで日本学術会議が中心になることです。しかも、ゼロから始めるのではなくて、今あるリソースをうまく活用できると思います。企業もコンプライアンス部門があるので、それなりの対応はできると思っています。

田中 ありがとうございます。大隅さん、お願いします。

大隅 不正防止の観点で言うと、私はより若い人たちからアプローチできるといいと思っています。例えば今の高校生ぐらいだと、調べ学習をして、パワーポイントで資料を作って、発表するということをされています。その段階から、クレジットを明記しなければいけないこと、AIに聞いたことが本当に正しいのかどうかは、原典に当たってみなければいけないなどに、取り組んでおかなければいけません。学部生ぐらいからでいいかなと思いながら考えていましたが、本当はもっと早い頃からが良いかもしれません。AI時代のリテラシーは何なのかをしっかりと話して、現代にふさわしい形のリテラシー教育です。その中でどうすればいいのかですが、相手をリスペクトすること、自分が誠実であることなど、そういうことを一緒にポジティブな形で伝えていけるといいと思いました。

田中 ありがとうございます。教育の問題は本当に重要です。かつ、われわれからもアプローチできることだと思いました。中村さん、お願いします。

中村 教育は伝えるだけではありません。研究室レベルだと、風通しの良い環境がとても重要だと思います。研究公正だけではありませんが、研究慣行の問題について、研究室内や研究室間で自然に議論、ディスカッションができることは、非常に重要だと思います。今までの実際の不正事案でも、意図的ではなくて、これくらいは大丈夫だろうと思っていた、研究室の慣行で当たり前だと思っていた、そういう事案も多いと思います。その中で、これはどうなのかと思うことを話していただきたいです。

大隅 これは私自身の体験です。先日、学内で理系PIの人材育成のために、セミナー、プログラムがありました。その講師を頼まれたので、オープンアクセスと研究不正対応など、その辺りのテーマで話したときのことです。どのように研究室の運営をすれば、自分の研究室で誰かが不正をしてしまうことを防げるのかについて、皆で考えてもらうワークショップ的なことをするなど、自分のできる範囲で取り組んでいます。もちろんeラーニングは最低限必要なことです。時間がない中、皆が一定の基準で何かを理解する意味では、とても大事なことだと思います。一方で、それを実際にどのように自分ごととして捉えていくのかというときは、ちょっとしたインタラクションが大事かもしれません。

田中 ありがとうございます。そろそろ時間がまいりました。今、大隅さんにおまとめいただけてよかったです。日本学術会議の話が出ましたが、日本学術会議で取り組めばよいという結論だと、私もそれも少し違うと思います。本日、お休みの中に参加していただいた皆さま、われわれもそうですが、それぞれのレイヤーでできることがあります。また、別のレイヤーに働き掛けることも可能です。そういった形で、少しずつ前進できればいいと思います。本日はパネリストの皆さま、ありがとうございます。また、フロアの皆さまも、ご参加いただきありがとうございます。

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*1   「ライフサイエンスをめぐる倫理的・法的・社会的課題 医療と科学の進歩は幸福をもたらすか」菱山豊、ナカニシヤ出版、2025
*2   「責任ある研究のための発表倫理を考える」東北大学高度教養教育・学生支援機構編、東北大学出版会、2017
*3   研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA), 2012, https://sfdora.org/
*4   Leiden Principles, 2022, https://www.leru.org/publications/the-leiden-principles
*5   The European Code of Conduct for Research Integrity, 2023, https://allea.org/code-of-conduct/
*6   SOPs4RI (Standard Operating Procedures for Research Integrity), https://sops4ri.eu/
*7   Public Health Service Policies on Research Misconduct, 2024, https://www.federalregister.gov/documents/2024/09/17/2024-20814/public-health-service-policies-on-research-misconduct
*8   公正な研究活動の推進に関する有識者会議、文部科学省、https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/gijyutu/024/index.htm
*9   For Better Science, Leonid Schneider, https://forbetterscience.com/