イベント記録

日本再生医療学会 「研究の現場から考える研究公正」田中智之

シンポジウム

再生医療学会が果たすべき倫理的・法的・社会的課題(森尾友宏、八代嘉美)

要旨

研究活動の根幹には、人類の知を拡大したい、あるいは新たな治療法を確立したいといったモチベーションがあるが、研究不正は自らの目標からむしろ遠ざかる行為であり、その背景にはモチベーションを歪める様々な環境的要因がある。研究者はそうした環境要因を認識し、質の高い研究成果を送り出すためには何ができるかを考える必要がある。わが国では、特に医学研究の領域において大量の撤回論文を伴う研究不正が数多く発覚しており、国際的にはしばしば不正大国と評される。FD研修会やe-ラーニングという形で研究倫理を学ぶ機会は増えたものの、研究不正事案は今なおコンスタントに報告されており、研究公正を推進するための次の一歩を踏み出す必要がある。

研究不正の多くは、研究評価における数値指標(メトリクス)を増大させる効果がある。研究評価におけるサンフランシスコ宣言(DORA, 2012)やライデン声明(2015)は、メトリクス偏重の研究評価を批判しており、定性的な評価や評価軸の多様性が重要であることを指摘している。また、Rigor Mortis (Richard Harris, 2017)(邦訳「生命科学クライシス」白揚社)で取り上げられているように、生命科学研究では様々な理由から結果の再現性が低く、それを背景に信頼できない研究が跋扈している。近年、Open Scienceとして研究活動の様々なプロセスを可視化することを通じて、再現性を高める試みが注目を集めている。研究過程を記録することは当たり前のことであるが、捏造や改竄に手を染める研究者にとってはハードルが高い。信頼性の高い研究成果を得る上では、再現性を担保することに加えて、多角的な検証を行うことも有用である。Slow Science声明(2011)では、足早で上滑りな科学研究の弊害が指摘されている。

近年、研究機関が生み出した知をベースにした起業が奨励されているが、再現性の低い研究結果が周囲の期待を集めるうちに後戻りできなくなるという危険性が懸念されている。アメリカで最も成功したベンチャー企業のひとつであるセラノスは、2015年に売り物であった技術が虚偽であったことが発覚し、2022年には創業者が有罪判決を受けた。

ここでは、研究不正の事例や、研究公正を推進する取り組みについて紹介することを通じて、社会から信頼される研究活動とはどういうものかを考えたい。